ふたたびまどろみのなかで

原口昇平のブログ

【仮訳】アリー・アブー・ヤースィーン「わが書斎へ」(『ガザ・モノローグ2023』から)

わが書斎へ

 

許してほしい。何ヶ月にもおよぶ戦争のせいで、おまえから離れざるをえない。戦争とそれがもたらす荒廃の意味を知るには、おまえはこの上なくうってつけだ。おまえの中にはレフ・トルストイの代表作『戦争と平和』が住んでいるのだから。そうだろ? わたしたちは『肝っ玉おっ母とその子どもたち』を繰り返し読んだ。そしてそれをいつかこの手で舞台にかけてやるとわたしは決心した。だから今ではもう、おまえを傷つける戦争の恐怖をわたしは恐れていない。おまえは自分の子どもを守る母親の勇気と胆力を手に入れたんだから。あれらすべての本と戯曲を、守るべき自分の子どもだと思ってほしい。

わが愛する書斎へ。知ってのとおり、わが家への電力は遮断されている。食べ物を料理するにも、パンを焼くにも、燃料がない。まるで干し草の山の中から針を探すように、人びとは木切れひとつ、段ボールの切れ端ひとつを探し回っている。みんなが命をつなぎとめるため、子どもを食わせるため、必要なだけどんな本でも持っていくことを許してくれ。わが親愛なる本の著者たちは、人びとのために自らの身を捧げてくれるはずだ。親愛なる友チェーホフアルベール・カミュジャン=ポール・サルトルジャン・ジュネシェイクスピア、 マフムード・ダルウィーシュ、 サミーフ・アル=カースィム、 ガンナーム・ガンナーム、 アルフレッド・ファラグ、 アーティフ・アブー・サイフ、 ムハンマド・アル=マーグート、 サアダッラー・ワンヌース、スタニスラフスキー、アウグスト・ボアール、おまえの棚の上に座している偉大な著者たちはみな喜んで燃える灯火となり、人びとを喜ばせてくれる。何しろわたしたちにとってこれらは、本の紙の上には収まりきらないほど大きな価値がある。著者たちが何を書いていたかは、世界とわたしが、わたしたちの精神以前に、わたしたちの心臓に刻みつけている。だから書斎よ、おまえのことは心配していない。むしろわたしが恐れているのはただ、本が自分の成長の糧となることを人びとが知ってしまうのではないかということだ。

わが大切な書斎よ、おまえは本当に大切だ。わたしは決して忘れない、1993年、カイロで開催されたアラブ演劇パフォーマンスフェスティバルに参加した日のことを。他の参加者たちはみな家族へのお土産を抱えて帰った。わたしは大きなかばんを携えて帰ってきた。中いっぱいに、最高にそそられる演劇関係の本を詰め込んで。重くて、道中は大変だった。やっと帰り着いたとき、お土産を期待して出迎えてくれた妻と子どもたちにわたしが差し出したスタニスラフスキーは、ほほえみながらこう言った。「わしに免じてこの演劇バカを許してやってくれ」

わが愛する書斎よ、わたしを待っていてくれ。すぐに帰って来るから。そのときは夜を明かして探りつくそう。人間の魂を、素晴らしくも不思議なこの世界を、言葉の奇跡と美を、そして輝かしくも偉大な本の書き手たちのことを。

 

2023年12月31日

アリー・アブー・ヤースィーン