ふたたびまどろみのなかで

原口昇平のブログ

【仮訳】アリー・アブー・ヤースィーン「サラームの誕生日」(『ガザ・モノローグ2023』から)

サラームの誕生日

 

サラーム(平和)、またはサッルーム(五体満足)。わが孫娘の名がサラーム、その愛称がサッルームだ。二歳。色白で、瞳は外国の子どものようにみどり色。泣くことは本当に、本当にめったにない。誰をも愛し、誰からも愛されている。この子はサラーム。その名を体現するかのように、いつも穏やかだ。

わたしは住み家を失い、別の家へ身を寄せている。共に暮らすのは八十人ばかり。その中にはさまざまな年齢の子どもたちがいて、一番下の子は二か月。子どもたちだけで二十人を超えるが、家にはたっぷり余裕がある。

改めて言うが、サッルームは戦争の前、決して泣かなかった。今では毎夜、声を張り上げて叫びながら目覚める。それが一晩に二度、三度とある。真夜中にこの子の叫び声を聞いて、わたしたちはみな目覚める。ある者は悲しげな表情を浮かべ、ある者はシオニストを呪い、またある者はコーランを暗唱し、またある者はこ子に水を飲ませてやろうとし、またある者は「明日長老に見せなきゃ、ひょっとすると悪霊が憑いているかもしれないから」と言う。そこでこの子の母が言う。「この子が毎夜おびえて目覚めるようになったはじまりは、お隣のアル=ナアサンのお宅が爆撃されてからだよ。」 サッルームは自分のベッドで眠っていた。爆弾が落ちた瞬間、身体がベッドから一メートル以上も飛び上がり、それからまたベッドの上に落ちたので、恐ろしい叫び声を上げた。それ以来、叫び続けている。

サッルームの叫び声は伝染し始めている。この子が目覚めて叫ぶと、子どもたち全員が一緒になって同時に叫び始めるのだ。わたしたちは教養ある一族だとみなされていて、実際に戦争が終わるたびに、学校へ通う子の精神的な苦痛を和らげるため大いに力を注いだので、サッルームに生じているすべては戦争のせいだと分かっている。ときには一晩中、一睡もできないこともあった。この子が叫び始めると、わたしたちも一緒に叫びたくなるほどだ。

今日はサッルームの誕生日だった。共に暮らす子どもたち全員が、今日はこの子の誕生日だと分かっていたので、朝のうちに集まって、最高の誕生日にしてあげようということになった。まず石をふたつ持ってきて積み重ね、その上に木切れを載せた。それから土を取ってきて、泥のケーキを作り上げたのだ。そしてみんなでサッルームを囲んで、「ハッピー・バースデー・トゥ・サッルーム」と歌った。妻とわたしは小さな泥のかまどでお茶を温め、目には見えないシュロの葉の煙を胸いっぱい吸い込みながら、この世のあらゆる痛みを負った子どもたちを見つめて、こう言った。「神よどうか、この子たちの毎日がわたしたちのよりもよくなりますように。」 子どもたちはケーキを囲み、サッルームと一緒に泥の上に立てた見えないろうそくの火を吹き消した。それから、家の中庭で見つけたものをこの子にプレゼントしたのだった。ひとりが古い鉢を持ってきて、キャンディーボックスとして提供した。もうひとりが木切れをバラの花束のように見立てて渡した。三人目が、泥にまみれてところどころ破れた布を、まるで最高級の衣服のように差し出した。サッルームは贈り物を受け取ると脇に置き、みんながこの子にキスをしたので、この子の心と瞳は幸せでいっぱいになっていた。

遠くから見守っていた息子は、たとえ時間や労力がどれほどかかろうとも、自分の娘に本物のケーキを作ってやると決意した。しかしケーキづくりに必要な原材料はどこで手に入るのだろう?  息子は市場へ出かけて卵、小麦粉、またしばらく出回っていないバニラエッセンスを買い求めた。そしてデイルアルバラ中の道という道を歩き回り、ようやくケーキの原材料を手に入れて戻ってきた。

わたしたちは住み家を失ってここへ逃れており、ケーキづくりに必要なミキサーなどの調理用具を全く持っていないので、息子はパンを焼いている隣の家へ行き、お願いしてケーキを焼いてもらった。そして日暮れごろそのケーキを抱えて、まるで博士号を取ったかのように誇らしげに帰ってきた。わたしたちはまた子どもたちを呼び集めて、本物のテーブルを運び、置いたケーキの上に何枚かクッキーを載せて、サッルームのために子どもたちと一緒に歌をうたい、ケーキを切り分けてやると、みな瞬く間にたいらげてしまった。サッルームはベッドで眠りにつき、恐怖でまた叫び始めた。わたしたちは目覚めてこの子を落ち着かせようとしたが、その甲斐もなく、ふだん穏やかな天使のようなこの子は、夜が更けた今もなお安らぎを得ずにいる。

誕生日おめでとう、愛する孫娘よ。どうか末永く生きてほしい。

 

2023年12月20日

アリー・アブー・ヤースィーン