ふたたびまどろみのなかで

原口昇平のブログ

反差別運動の中に必然的に潜む脆弱性 ―― RÉSISTIQUEに対するデマの検証を通じて

文責:原口昇平  協力:春日そら

序章 この報告書を読めば分かること

反差別運動は、必然的に、ある危うさを内部に抱え込んでいるのではないでしょうか?

筆者はこの報告書で、その危うさについて皆さんと共に考えていきます。

そのために、日本語圏のパレスチナ解放運動の内部で最近生じた告発から始まるネットリンチを取り上げます。

そして、事実確認を通じて告発が実際にはデマであったことを改めて明らかにするとともに、今のところ得られた根拠と考えられる範囲で告発の正当性に対する疑いを提示します。

そのうえで、結論として次のことを指摘します。反差別運動は差別なき社会を目指しているので、まずは運動自身をインクルーシブにするため内部から差別を排除しようと注意しており、その努力を続けている限り参加者は互いに信頼を寄せ合っています。しかし、だからこそ、しばしばこの信頼が強すぎて、他の参加者の差別に関する告発を真実か確かめる前に信じて拡散してしまうことや、無意識の偏見に気づけず実は別のマイノリティである人を差別的だと即断して排除してしまうことがあるのではないでしょうか。それは、運動をたやすく分断に至らせる反差別運動独特のセキュリティリスクです。

0.1 付記 1 ―― 筆者とこの報告書の目的について

筆者(原口昇平)は、詩人、翻訳者、ライターであり、この報告書の作成時点ではパレスチナ解放運動に参加しています。そして、パレスチナ解放という目的を除くと、この報告書に登場するどの個人または組織とも一切の利害を共有していません。特に、今回取り上げるデマの被害者たちから金銭、商品、接待等の見返りを一切受け取っておらず、いかなる法律の上でも第三者であり、独立した立場を一貫して維持しています。

筆者は、過去にいじめやネットリンチを受けたこともあって、今回のデマによるネットリンチを初期から看過できず、事実関係を調べてきました。

筆者がこの報告書を作成し公開する目的は、特定の個人、組織、または運動を標的として攻撃することにはありません。日本語圏のパレスチナ解放運動の内部において最近発生したデマについて事実を確認することで、貶められた人びとの名誉を回復し、反差別運動の歴史の中で繰り返されてきた無実の仲間に対するリンチをやめるよう訴えることにあります。

なお、筆者はこの報告書の公開後、パレスチナ解放のための対面の集団的行動(デモや集会)には、筆者自身が主催者や責任者でない場合、主催者や責任者から公式に招かれない限り、一切参加しないことを約束します。これはひとえに、筆者がこの報告書で事実を提示したことによって感情を害された方々が、現場で思いがけず筆者に出くわすかもという不安にかられることなく集団的行動に参加できるようにするためです。ただし、24年1月から毎週か隔週のペースにて路上で続けてきた筆者単独のパフォーマンスについては、筆者は今後も続けていきます。

0.2 付記 2 ―― この報告書が立脚する資料と証言、そして報告書の達成と限界について

この報告書を作成するまでに、筆者を含む有志は、今回取り上げるデマに関する資料や証言を可能な限り多く収集しました。

また、デマの被害者や事情を知る第三者から聞き取りを実施しました。

ただし、デマの加害者側のうち、とりわけ最初に公に発信した者からの聞き取りは、この報告書の作成時点では、さまざまな事情により実現しませんでした。

このため、この報告書は以下の達成と限界をもっています。

  • デマの被害者が実際には言っていないことややっていないことを、デマのせいで言ったことややったことにされてしまったという事実については、この報告書は、資料と証言に基づき、相当の確かさで明らかにすることができました。
  • デマの加害者がどのような根拠や理由でデマを発信したのかは、とくに最初のデマ発信者の証言を欠くため、十分明らかにはできませんでした。それでも、デマ発信者が誤信を真実だと信じ込むに足る客観的根拠をもっていなかった可能性を、この報告書は、被害者から提供されたデマ発信者と被害者のやりとりの要約に基づいて指摘します。第 2 章 2.4.1 を参照してください。

 

第1章 デマの拡散プロセス ―― 告発、反響、波及

本章では、日本語圏のパレスチナ解放運動の内部でごく最近生じたデマの拡散プロセスを取り上げ、次章で事実確認の対象とするデマの全体像を描きます。

1.1 告発 ――「ガザの身元確認を合言葉を言って理解できなかったらAIと判断してた人」

信じられないことが起きてる。ガザの身元確認を合言葉を言って理解できなかったらAIと判断してた人に、朝鮮人大虐殺と同じロジックだしろう者や発音によっては理解できないからやめてと言ったら、その指摘は想定済みと言われた。怖いよ。某人気のFREE PALESTINEアクセサリーを作ってるアカウントです。— 👨🏻‍🦳 (@mainichi_orikou) 2024年6月2日

上に掲げる X の投稿が、ネットリンチを引き起こした告発です(※7 月 20 日に削除されました)。次章で事実を確認して明らかにするとおり、これはデマです。

告発対象は、一見すると明示されていないかのようです。

しかし実際には、「某人気のFREE PALESTINEアクセサリーを作ってるアカウント」はその希少な取り組みゆえに、多くの人にとって当時ほぼひとつしか思い当たりませんでした。

すなわち、日本語圏のパレスチナ解放運動の中では当時多くの人に知られつつあったジュエリーブランド、RÉSISTIQUE です。*1

このブランドが「ガザの身元確認を合言葉を言って理解できなかったらAIと判断してた」ということにされてしまったため、この告発は大きな注目を集め、日本語圏のパレスチナ解放運動の内外へ極めてセンセーショナルな反響を巻き起こしました。

 

1.2 反響 ――「シボレス」というレッテル

告発投稿が獲得した反響の大きさは、33.2万回の表示、229回のリポスト、833のいいね、561のブックマークという数字(この報告書の作成時点)に、端的に現れています。

なぜそれほど衝撃的に受け止められたのでしょうか?

後述するようにこれは実際にはデマなのですが、もしもこれが真実であれば、2023年10月以降のガザ大虐殺に反対・抵抗する人びとに寄り添おうとしてきたブランドが、歴史上の数々の虐殺において使われてきた「シボレス」という手法を使ってしまっていることになるからです(なお「シボレス」の定義は2.2.2を参照してください)。

そのように受け止めた代表例が、前述の告発を引用リポストした次のX連続投稿です。1つめの投稿はこの報告書の作成時までにすでに削除されています。

多分あのアカウントだろうなと・・。
結構いやかなりショックです。

こういう言葉の発音などで集団の構成員かどうかを確認するのをシボレスを用いるというけど、歴史上何度もそのやり方を使って差別や殺人が起きているので

— mgm🇵🇸🍉🫒🗝️ ||| (@mgm465503040415) 2024年6月2日

 

1.3 波及 ―― ネットリンチ

告発とその反響を受けて RÉSISTIQUE は6月3日、誤解を解くため声明を発表しています。告発投稿にやや近い注目を集めたものの、より少数にしか受け入れられませんでした。29.4万回の表示、192回のリポスト、344のいいね、284のブックマークがそれを示しています。

かたや告発の反響の波及効果は広範囲に、しかも深刻に及びました。以後、RÉSISTIQUE の投稿の表示回数やいいねの数は急減します。デマは SNS の外でも広がったかもしれません。6 月 2 日の時点ですでに「私はもってなくてよかった。今後持ってる人に教えてあげよう」と言っていた最初の告発者や、これを信じた人たちは、その後たびたびイベントやデモに参加していることから、悪評が口コミでも広がった可能性はあります。

そして 12 日後には、次のような投稿まで現れます。

極めて辛辣な皮肉です。投稿者は、パレスチナ解放運動の参加者たちの間で、RÉSISTIQUE のアイテムが以前とても大きな人気を集めており、そしてこの時点ではもうその人気が地に落ちてしまっていると認識しています。それでプロテストの場所で捨てられてしまっているのに出くわしそうだということで、「拾いそうで怖い」と冷やかしているのです。

 

RÉSISTIQUE ではこのころから、深刻な体調不良者や脱退者が相次いだことが、筆者を含む有志による聴き取りから分かっています。

むりもありません。

パレスチナ解放運動であれほど人気と尊敬を集めたブランドが、「令和の15円50銭」と言われるほど差別主義者・虐殺者のレッテルをはられてしまったのです。これは、すでにアイテムを受け取って着用していた人びとの心象や評判にまでかかわるできごととなりました。個々のお店にあいさつ回りをしてアイテムを供給していたひとや、個々の購入者とメールでやりとりしていたひとは、よほど強くなければ、メンタルをやられてしまうでしょう。

 

以上ここまで、 RÉSISTIQUE がまず「ガザの身元確認を合言葉を言って理解できなかったらAIと判断してた」と告発され、次に反響の中で「言葉の発音などで集団の構成員かどうかを確認する」「シボレス」に該当するなどと非難され、さらにそれが波及した結果として「令和の15円50銭」などと強烈に中傷され、RÉSISTIQUE メンバーから体調不良者や脱退希望者が続出したことを確認しました。

しかし、この告発は、次章で示すように真実ではありません。しかも、特に 2.4.1 で示すようにこれは単なる誤解の範囲を明らかに超えており、告発の正当性が強く疑われます。

 

第2章 事実確認

本章では、事実確認を通じて、前章でまとめた告発、反響、波及を通じて形成されたデマの全体をすべて検証します。

2.1 告発された発端の提案 ―― グループ DM に投稿されたボイスメッセージ

発端となるできごとが生じたのは、Instagram のあるグループ DM です。この中では、パレスチナ被占領地のガザ地区から金銭的支援を求めている人びとへの寄付活動に取り組む有志が、情報を交換していました。

これに参加していた RÉSISTIQUE の A さん(以下「Aさん」といいます)は 5 月 28 日、グループ DM の他のメンバーたちに、急いで詐欺の対策を共有しなければという思いに駆られたといいます。他のメンバーから、詐欺に遭ったようだという報告があったからです。詐欺犯から仲間や支援対象を守らなければなりません。そこで、自分がもっている知識を参考までに提供することにしたそうです。*2

しかし A さんは当時スマートフォンで長い文章を書けずにいました。まず、勤務中だったからです。また、特性上、書くことよりも話すことを得意としていたからです。ではどうするか? A さんは、仕事で詐欺に関するコメントを顧客や警察から求められた経験もあるので、電話でそれを話しているふりをしてボイスメッセージを録音し、シェアすることにしたといいます。

このとき送信した 3 つのボイスメッセージのうち、最後のものに含まれる詐欺対策の提案(以下、「発端の提案」と呼びます)が、mainichi_orikou さんらによって特に批判されることになりました。その内容全体を音声から書き起こし、以下に引用します。

 「何か、テレビとか何か騒がしい言語とかが行き交うような音声があえて入り込むような状況を作って、そこでこのように音声の録音する機能を使って『ラー・イラーハ・イッラッラー』と結構カタカナっぽい発音で言ってみてください。これに対して『何言ってんの? 早くお金送ってください』という人は、おかしいですね。ガザの人ではありません」 

RÉSISTIQUE の取り組みはこの発言をもって、mainichi_orikou さんから「ガザの身元確認を合言葉を言って理解できなかったら AI と判断してた」と糾弾され、また他の人びとから「シボレス」「令和の15円50銭」などと非難されました

しかしグループ DM に参加していなかった筆者が今回、第三者から提供された RÉSISTIQUE の A さんの該当するボイスメッセージを注意深く聞いたところ、これらの糾弾や非難は不当ではないかと思われました。A さんは危機感のせいか、勤務中だからか、どちらにせよ明らかにとても急いで話しているので、性急な印象は受けますが、それでも上記のような糾弾や非難に値するものではありません。次節以降で説明します。

 

2.2 発端の提案について、ボイスメッセージのみから分かること

A さんによって提案されていた「ラー・イラーハ・イッラッラー」(アッラーの他に神はなし)という言葉かけは、そもそも「合言葉」ではなく、ましてその類概念「シボレス」でもありません。そのことを、後日聴き取りから分かったことを加えずに、ボイスメッセージだけを読解して明らかにします。

2.2.1  「合言葉」ではない

まず、「合言葉」とは、互いが味方であることを認証するために仲間内で使われる言葉をいいます。これは合図の問答です。例えば、「山」と問われれば必ず「川」と答えるもの。これは、赤穂浪士の吉良邸討ち入りにおいて暗闇の中で敵味方を区別するために使われたとされ、日本語文化圏では最も有名な合言葉です。もちろん言葉に限らず、口頭で発せられた問いに対して行動で答えるものも、合言葉です。例えば、合図の言葉を聞いたらすぐ、立った状態からいっせいに座ることで合言葉を知らないスパイをみつける「立ちすぐり」、その逆である「居すぐり」です(すぐり=選ぶ)。どちらにしても合言葉というなら、それは合図なのですから、ひとつの問いに対する正しい応答は厳密にひとつしかありません

では、「ラー・イラーハ・イッラッラー」(アッラーの他に神はなし)はどうでしょうか。この言葉に対する反応は、さまざまなものがありえるでしょうそもそも、合言葉とは違って相手に反応を強制してすらいませんから、無反応であっても問題はありません。A さんは、この言葉に対し、(例えば「ムハンマドゥン・ラスールッラー(ムハンマドアッラー使徒なり)」など)特定の応答がなければ相手は詐欺犯であるとはあくまで述べていません。さまざまな反応の可能性がある中でも、ただ「何言ってんの? 早くお金送ってください」という失礼な態度の反応があれば要注意だという主旨の発言をしているのです(これが確かに要注意である理由については後述します)。

2.2.2 「シボレス」ではない

次に、「シボレス」とは、相手に決まった言葉を言わせたり行動をさせたりして、その発音やふるまいから敵味方を見分けることです。この定義は語源までさかのぼります。すなわち、旧約聖書の士師記第12章5-6節で、エフライム人を破ったギレアデ人が、落ちのびていく人びとに「シボレテ」(ヘブライ語で「麦角」)と言わせたという記述です。この中でギレアデ人は、エフライム人の多くがこの言葉を「セボレテ」としか発音できないことに基づいて、「セボレテ」と発音した人びとを捕らえ大量に殺したとされます。ここから、発音やふるまいに基づき敵味方を識別することを、シボレスを用いるなどというようになりました。これは古代から現代までさまざまな虐殺に使われてきた手法です。日本語圏でよく知られている現代の例としては、1923年9月に日本の関東大震災後に日本人が引き起こした朝鮮人大虐殺にて使われた「15円50銭」、1937年10月にドミニカ共和国の北西部で同国陸軍が行った「パセリの虐殺」で使われた「perejil(パセリ)」、太平洋戦争でアメリカ軍が日本兵スパイを識別する目的で使った「lollapalooza(驚くべきもの)」などがあります。

一方、A さんが提案していた「ラー・イラーハ・イッラッラー」(アッラーの他に神はなし)は、ボイスメッセージで明言されていたように相手に発音させる言葉ではなく、支援者自身がいう言葉なのです。したがって「シボレス」ではありません。

もちろんここで、「合言葉」にせよ「シボレス」にせよ、もっと広義の(または比喩としての)捉え方が可能ではないかと考える読者がいるかもしれません。例えば「合言葉」は標語、「シボレス」は文化的指標、というように。しかしそのような広義の捉え方は、どんなものであれ、本来の「合言葉」や「シボレス」が本質的に抱えているはずの危険や暴力性を薄れさせてしまいます。その危険や暴力性とは、ほとんどすべてのマイノリティに重くのしかかるものです。実際、歴史上、「合言葉」や「シボレス」を用いた虐殺では、殺されたのは標的とされた属性の人だけではありませんでした。耳が聞こえない人のように発音すべき言葉が聞き取れないと、殺されました。自閉症者のように発語がなくても、また場面緘黙症でも殺されましたし、方言の使用者も発音を理由に殺されました。なんなら、少しぼーっとしていても……。だからこそ、朝鮮人大虐殺の「15円50銭」は、朝鮮人以外の属性の人びとにとってもまた、他人ごとではなく自分ごととして重く受け止められているのです。したがって、虐殺下の身元確認という文脈で A さんの発言が告発されていた以上、ここまでに見たような意味での、本来の「合言葉」や「シボレス」にそれが本当に該当するかが問題なのです。そして、A さんの提案がそれらに該当しないことは上記のとおり確認しました。なお、支援対象が耳の聞こえない人であった場合については 2.3.1 を参照してください。

2.2.3 相互の信頼を築きながら希望をつなぐ言葉だろう

では、「ラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーの他に神はなし)」は、「合言葉」でも「シボレス」でもないなら、何でしょうか
これは筆者を含む有志の共通した感想ですが、相手がガザ地区アラビア語話者なら、一方的に相手の身元確認を行う言葉ではなく、相互の信頼を築く言葉となるのではないでしょうか。
というのも、ジェノサイドを生き延びようと死にものぐるいになっているガザ地区の人が、助けを乞うた先の遠い日本の人と、さまざまなやりとりをした後で、全く思いがけなく、相手からムスリムにとっての信仰告白にあたる言葉を聞いたとしたらどうか、想像してみてください。

表面に現れる反応としてはさまざまなものがありえますが、心情としては、ムスリムなら慈愛を感じて救われる気持ちになりそうです。キリスト者なら(よく知られているようにガザ地区で両者が共存している以上)信仰は違っても共通した慈愛の精神の持ち主だと考えるのではないでしょうか*3

いずれにせよ、支援対象が、本当にジェノサイド下のガザ地区から助けを求めている人であったなら、この言葉を発されたらただちに「何言ってんの? 早くお金送ってください」などと失礼な態度で言うことは、確かにまずなさそうです。

2.2.4 小結論 ―― 発端の提案に「合言葉」「シボレス」という誤解の責任を負わせる主張は不当だろう

以上、ボイスメッセージの音声に基づく書き起こしだけを読解することにより、発端となった RÉSISTIQUE の A さんによる発言が、「合言葉」や「シボレス」を提案しているものではなかったことを確認しました

RÉSISTIQUE の A さんが提案したのは、「山/川」「シボレテ」「15円50銭」のように、人間らしい会話を打ち切っていきなり正確な認証パスワードを要求するような、支援対象に心理的負担をかけるものでは全くありませんでした。

むしろ、人間らしい会話の中で、支援対象が求める慈愛や救済の片鱗をほんの少しでも垣間見させ、わずかな希望をつなぐ言葉だったのではないでしょうか。筆者を含む第三者有志には、配慮をもって考え抜かれた、心を尽くした言葉かけであるように思われます。

この小結論には、大きな意味があります。つまり、発端となった RÉSISTIQUE の A さんの提案それ自体は、その後大きく広まったデマの根源であるとはいえないということです

告発以降、 RÉSISTIQUE を非難した人びとの多くは、後で告発が事実に反するという指摘を受けてもなお、発端の提案こそデマの根源であるかのような主張をし続けてきていました。例えば、mgm さんは、1.2 で取り上げた「シボレス」発言を撤回した後の 6 月 25 日になってもなお、X上で筆者の投稿への返信として公然と「『レジスティキさんがシボレスをしていた事実はない』ということと、『明らかに、そのような行為をしていると考えられる言動があった』ということは同時に成立します」と発言しました。また、mainichi_orikou さんは 7 月 13 日、1.1で取り上げた告発について、確認したところそんな事実はなかったという筆者の指摘に対し、「そもそも私を誤解させたのはレジスティキさんのボイスメッセージと【そのような指摘は想定済みです】という態度ですよ 」と述べました。この認識は 7 月 20 日もなお基本的には変わっておらず、mainichi_orikou さんは「レジスティキさんが実際やっていた行動はDMグループ内の発言とは異なり、DMグループ内でのレジスティキさんのボイスメッセージが間違っていました」と述べ、いまだデマの根源はボイスメッセージにあると示唆し続けています。

確かに A さんの発言は、性急ではあったかもしれません。しかし周りの人が、 A さんの発言をいきなり批判するのではなく、ボイスメッセージを繰り返しよく聞き、支援対象に「ラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーの他に神はなし)」という言葉をかけることの意味や効果をしっかり考えたうえで、「合言葉」「シボレス」の本義を改めて確認していれば、A さんの提案がそれらに当たらないことは当初でも分かったはずでしょう。

今後、 RÉSISTIQUE の A さんの発言自体がデマの根源であるという主張は、やめるべきではないでしょうか。

 

重要:この節は、あくまで  RÉSISTIQUE の A さんによって提案された方法が「合言葉」「シボレス」に該当しないことを立証するためのものであって、その方法を身元確認に使うことを推奨するためのものではありません。なぜなら、この報告書が公開された段階で、この方法は詐欺犯にも知られてしまったという前提に立たなければならないからです。今後、寄付支援活動で身元確認を行う場合はこの方法は無効となってしまうことについて、筆者は  RÉSISTIQUE の了承を得ています。 RÉSISTIQUE がデマによってこれほど中傷された以上、この報告書の公開時点でこの方法を使っている寄付支援者はおそらくいないだろうとは思いますが、万が一いたら読者が無効となったことをその支援者に伝えてください。

 

2.3 発端の提案について、後日の聴き取りから分かったこと

ここからは、RÉSISTIQUE および 2.1 で言及したグループ DM の他のメンバーから有志が聴き取った情報も加えて、検討を続けます。

前節で読者の方は、二つの疑問を持たれたかもしれません。

第一に、相手が、耳の聞こえない・聞こえづらい人だったらどうか? 

第二に、ムスリムでなさそうな人が信仰告白をした場合に、敬虔なひとは「何言ってんの? 早くお金送ってください」と怒っていう場合もあるのではないか? そのように、こちら側が間違いを犯す可能性は常にあるのではないか?

一つひとつ検討していきましょう。

2.3.1 相手が耳の聞こえない・聞こえづらい人だったら? ―― 障害の有無や一緒に避難している家族がいるかも確認していた

mainichi_orikou さんは、 1.1 にて言及した 6 月 2 日の告発投稿で、RÉSISTIQUE の提案した言葉かけは「ろう者」には「理解できないからやめて」と言っています。グループ DM の別のメンバーも、mainichi_orikou さんに同調し、RÉSISTIQUE の A さんが方針として耳の聞こえない・聞こえづらい人を支援対象から排除しているのではないかと疑っていました。筆者と個人的にやりとりした中でそう打ち明けたそのメンバーは、A さんがグループ DM に投稿した 3 つのボイスメッセージの最初で、「私の方にもこのようにたくさん、たくさんたくさん寄付のお願いが来ておりまして、そのうち何名か、というかほとんどの方に音声で話しかけてみたんです」と述べたことを、疑った理由として示唆しました。そして耳の聞こえない人がグループ DM に参加していてショックを受けていたことも挙げました。

当事者がどのように感じたかについては、筆者は尊重します。その方の状況によってはマイクロアグレッションに聞こえるかもしれません。A さんはその方へのお詫びのために改めて準備をしているといいます。

それでも A さんのその発言は、「やりとりには音声を必ず使っています/使いましょう」などという排除的な方針をいうものではありません。文字通り単に「ほとんどの方に音声で話しかけてみた」という実際のことをいっているだけです。実際にたまたま A さんに助けを求めてきた人の「ほとんど」が耳の聞こえる人だった場合が考えられます。*4

方針としては、RÉSISTIQUE は、相手に音声メッセージを送るのは「相手が本当にガザにいるのか分からないとき、私たちが使える言語を相手の方がどのくらい使えるかを事前のやりとりから察したうえで、聴覚や言語機能に障害がなさそうだと判断される場合」だと、6 月 3 日、公式声明で説明しています。

筆者を含む有志は念のため、支援対象と RÉSISTIQUE の A さんがやりとりした記録を、許可を得て確認しました。詳細は明かせませんが、ほとんどが避難先からの連絡であり、先方の周囲に複数人の家族がいる状況だと分かりました(場合によっては 2 家族以上が狭い場所に身を寄せ合っているらしいこともありました)。両者が互いを知り信頼を築くため、危険でない範囲でさまざまな形式でさまざまな情報をやりとりしており、相手本人か、一緒に避難している家族の中に耳が聞こえる人が明らかにいると分かる内容でした。ジェノサイド進行中ですが会話はあたたかく、支援対象に負担をかけているように感じられることはありませんでした。むしろ、心がこもった言葉を交わし合っているという印象を受けました。

つまり、耳が聞こえない・聞こえづらい人を支援し包摂する状況が相手側にあることが確認されるケースばかりでした。

2.3.2 それでも納得できない人へ ―― 支援者が間違う可能性は常にあるが、現況の困難の根本原因はイスラエル軍の所業にあり、A さんは困難な中でも支援対象に手を伸ばそうとした

今回グループ DM に参加していた他のメンバーの中には、次のような疑問をいだいていた人がいました。つまり、ムスリムでなさそうな人が信仰告白をした場合に、敬虔なひとは「何言ってんの? 早くお金送ってください」と怒っていう場合もあるのではないか? あるとすると、そうした敬虔なひとをただちに支援対象から除外するのは問題では? というのです。

確かに相手が内心で怒る可能性は、常に全くないとはいえません。

ただしその怒りのせいで相手が「何言ってんの? 早くお金送ってください」と言う可能性は極めて低いでしょう。支援者にかける言葉としてはかなり失礼だからです。

なお、RÉSISTIQUE の A さんから話を聞いたところ、実際にお互いの情報を交換したうえで最後に A さんが「ラー・イラーハ・イッラッラー」(アッラーの他に神はなし)と発言したときに実際に受けた反応は、驚き、喜び、強い感動や感謝などの表現がほとんどだったといいます。

 

また別の人は、いずれにせよ、身元確認はどんな方法であっても間違えるおそれが常にないと言い切れない、と筆者に指摘していました。

それはそうです。そしてそんな状況をいま作り出しているのは、支援者側ではなく、イスラエルなのです。身分証明書のみを提示されて身元を確認できたと思ったとしても、実は相手はガザ地区の破壊された家屋に侵入してその身分証明書を奪ったイスラエル兵だったかもしれませんだからこそ、さまざまな方法を組み合わせる必要があります。その一方法を提案した RÉSISTIQUE の A さんは、実際にさまざまな方法を組み合わせていたことを有志の聞き取りにはなしています。そればかりか実は、告発前に mainichi_orikou さんにも明確に伝えていたのですが、それは告発の不当性を論じる 2.4.1 で詳しくみることにしましょう。

 

そもそもジェノサイド下では、身元確認そのものが、支援対象にとって負担となります。支援対象は、今にも殺されそうになっているというのに、まずあなたがあなた自身であることを証明してくださいと要求されたなら、つらい気持ちになるでしょう。

しかし、相手に負担となるという理由で身元確認をしないなら、RÉSISTIQUE の A さんは最初からパレスチナを支援できませんでした。なぜなら詐欺犯の中にはイスラエル兵(またはイスラエル国籍をもつ米国人やカナダ人)がおり、口座名義などの個人情報がそうした存在に漏れてしまった場合は、業界や組織によっては仕事が続けられなくなる人もいるからであり、A さん自身がそのような人だからです。

そこで A さんはさまざまな身元確認の方法を組み合わせ、そのなかに「ラー・イラーハ・イッラッラー」(アッラーの他に神はなし)と自分が言うことで心理的負担を本来の支援対象にかけない方法を組み込んだのです。したがってこれは、困難な状況の中でもそれでも可能な限り苦痛を増やさない方法で支援対象に手を伸ばそうとした A さんの努力のあらわれだといえます。これを「虐殺を再生産した」(mainichi_orikou さんの発言から)などと非難するのは、あまりにも不当ではありませんか。

 

2.4 告発と反響について、今のところ抱かれる疑念

ここまでは RÉSISTIQUE や第三者の聞き取りを通じて、RÉSISTIQUE が実際に言ったこととやっていた取り組みを検証し、デマやそれに基づく非難から大きくかけ離れていることを確認してきました。

ここからは今回の告発と反響について論じますが、まだはっきりとは分かっていないことがいくつかあります。特に、有志が現時点で告発者 mainichi_orikou さんからは直接聞き取りを実施できていないためです。

それでもなお、これまでに入手した情報に基づく限り、今回の告発と反響はまず正当化できないだろうと筆者を含む有志は考えています。ここからは、その最大の理由ふたつのみに絞って、説明をしていきます。

 

2.4.1 告発者は事前に個人DMで当人から告発内容を否定されていた ―― それでも告発した以上、証拠はあったのか?

筆者を含む有志は、 mainichi_orikou さんによる告発が真実でなかっただけでなく、当時としても不当であった疑いが強いと考えています。

mainichi_orikou さんはこの考えとは異なり、 7 月 20 日になってもなお、「合言葉」「シボレス」との告発は結果的に真実ではなかったが当時は正当であったとする主張をしています。「それをあの時点で指摘するのは当然のことだったと思いますが、理想的にはツイートはせず、メッセージでのやりとりなどで解決するべきでした。軽率にツイートするのは控えるべきだったと認識を改めました。

この主張を先取りするかのような問いかけが、百塔珈琲のJohanさんから春日そらさんへ 7 月 14 日に提示されていました。「誤解を招いた側も軽率さがあり、特にシボレスになり得る方法を安易に共有したことはかなり軽率だったと思います。確かに問題提起した側も、DMの切り取りなど避難(ママ)すべき点はありましたが、一方的に問題提起した側をデマを捏造した側として断罪しようとすることが理想的な解決でしょうか?聞き取りの結果シボレスには該当しなかった。問題提起した側も誤解を招いた側もそれぞれ軽率な部分があった。それで良いではないですか?

これらの 2 つは、ほぼ同じ前提に立っています。言い換えると ―― そもそも RÉSISTIQUE の A さんのボイスメッセージが「間違っていた」または「かなり軽率だった」のであって、 mainichi_orikou さんらに「合言葉」「シボレス」という「誤解を招いた」のは A さんだ。一方、 mainichi_orikou さんは「ツイート」または「DMの切り取りなど」をした点で「軽率だった」が、与えられた誤解を信じて公に問題を正当に「指摘」または「提起」しただけだ。 後でそれが事実に反していたことが分かったが、当時は正当だったのだから、デマと断罪されるべきではない ―― というのです。

このような主張は二つの理由で誤っています

第一の理由は、 2.2 で明らかにしたとおり、発端となった RÉSISTIQUE の A さんの提案は、後日の聞き取りから判明したことを加えずただボイスメッセージだけから分かるように、「合言葉」でも「シボレス」でもなかったからです。つまり、mainichi_orikou さんが「合言葉」「15円50銭の再来」であると誤信した根源は、 A さんの発言には求められません。

第二の理由は、もっと重要です。mainichi_orikou さんは、デマを投稿する前に RÉSISTIQUE へ個人 DM を送っており、ここで RÉSISTIQUE の A さんに「合言葉」を使用しているか改めて問い合わせていて、当人から繰り返し明確に否定されていたからです。どういうことでしょうか? mainichi_orikou さんは当人から事前に否定されたにもかかわらず、どんな根拠があってデマを投稿したのでしょう?

 

念のため、事前にどんなやりとりがあったのかを少し詳しく確かめてみましょう

この個人 DM のログは、mainichi_orikou さんの許可を得ていないため全文公開できません。許可さえあれば全文公開する用意があると RÉSISTIQUE の A さんは述べています。

有志が入手した個人 DM の要約は、次のとおりです。

カギカッコ(「 」):ログから正確にコピー&ペーストした引用

二重カギカッコ(『 』):引用中の引用

mainichi_orikou さんは、RÉSISTIQUE の Instagram アカウントに、個人 DM で「レジスティキさんの身元確認のやり方について非常に疑問を抱いています」と問い合わせた。そして冒頭から「合言葉を理解できなかったらAIとみなすやり方はまだ続けていらっしゃるのですか?」と尋ねた。つまり、「合言葉を理解できなかったらAIとみなすやり方」を RÉSISTIQUE がやっていたと一方的に断定していた。

A さんはやっていないと否定するため「いいえ」と答えた。

mainichi_orikou さんは「グループでも指摘しましたが、朝鮮人大虐殺と同じロジックの非常に危ない発想ですし、ろう者の方や発音によっては理解できない場合もありますよね」と問いただした。
A さんは、指摘された危険は想定したうえで対策を施しているので心配はいらないという意味で「わざわざありがとうございます。ご指摘されたことは我々もすべて想定済みでの行動です」と答えた。

その後のやりとりで、A さんは繰り返し以下のように説明した。
「『合言葉を理解できなかったらAIとみなすやり方』は、しておりません」
「その言葉についてのリアクションのみで、AIや偽物だと見做す行為は、わたくしたちは、一度もしておりません」
「お互いに、自分たちの状況を、危険でない程度に、紹介し合い、画像などもシェアし合います」
「AI技術を悪用して、こちらにコンタクトをしてくるものがイスラエル側におります。個人情報が向こうにしれてはいけない者として、対応策がいくつかございます」
しかし mainichi_orikou さんはこれに耳を貸すことがなかった。

この直後、mainichi_orikou さんが RÉSISTIQUE の A さんを挑発し、たった一度だけ、売り言葉に買い言葉となったといいます。mainichi_orikou さんは後で、とても興味深いことに、この挑発と応酬だけをスクリーンショットで切り取り、コメントをつけて X に投稿しています。

7 月 24 日にようやく削除されたこの投稿のスクリーンショットには、次のやりとりが写っていました。

mainichi_orikou さん「そうですか。虐殺、差別を再生産しないやり方でシェアしてくださいね。」
RÉSISTIQUE の A さん「misakiさまも、虐殺、差別を再生産しないやり方で、シェアお願いいたしますね。」

A さんのこの発言は、mainichi_orikou さんからの挑発に対する応酬である以上に、後に RÉSISTIQUE  に関するデマが撒かれるおそれを感じて、釘を刺していたかのようにも読めます。なお、A さんがこのとき相手を「misakiさま」と呼んでいるのは、mainichi_orikou さんが Instagram のアカウントで使っている名前が「misaki」だからです。

そして最終的には、mainichi_orikou さんが「反省や学習なしに活動してきた事実が恐ろしいです」と言い、「ブロックします」と宣言したそうです。なお、これもまた興味深いことですが、 mainichi_orikou さんがデマを投稿し、RÉSISTIQUE が公式声明を発表した後で、相手が Instagram の個人 DM を「消えるメッセージモード」に設定したときに表示されるエフェクトが 、RÉSISTIQUE の A さんのデバイスで表示された、と A さんは話しています。*5

 

以上が、mainichi_orikou さんと RÉSISTIQUE の A さんが交わした個人 DM の要約です。

さて、この報告書の作成時点で mainichi_orikou さんからの聴き取りは実現していません。ですから、mainichi_orikou さんは、

  • 自分から問い合わせたのに、A さんの説明に耳を貸そうとしなかったと A さんには受け取られている。それが本当なら、なぜか?
  • 他の一切を無視し、一度きりの挑発と応酬だけを切り取って X に投稿している。なぜか?
  • Instagram の個人 DM を最後に「消えるメッセージモード」に変更したという。それが本当なら、なぜか?

以上は、筆者を含む有志には今のところ分かりません。つい、挑発、印象操作、隠滅の意図があったのではと疑ってしまいそうですが、しかし個人 DM のログ全体が公開されておらず、mainichi_orikou さんからの聞き取りが実現していない以上、現時点ではそれらは邪推にしかなりません。

ここで重要なのは、mainichi_orikou さんは、自分の思い込みを X に投稿する前に RÉSISTIQUE の A さんに問い合わせており、そのときはっきりと否定されていた、ということです。もう一度引用します。

「『合言葉を理解できなかったらAIとみなすやり方』は、しておりません」
「その言葉についてのリアクションのみで、AIや偽物だと見做す行為は、わたくしたちは、一度もしておりません」
「お互いに、自分たちの状況を、危険でない程度に、紹介し合い、画像などもシェアし合います」

これほど明確に否定されたにもかかわらずmainichi_orikou さんはそれでもその後、1.1で言及したデマを発信しています。そうである以上、A さんの説明を虚偽だとみなし、自分の思い込みこそを真実だと信じ込んだことになります。

このためには、相応の具体的証拠や別の内部関係者の証言のようなものがなければなりません。

果たして、そんなものがあるのでしょうか? 筆者を含む第三者有志は、 RÉSISTIQUE の A さんが個人的に保存していた支援対象とのやりとりの記録をみせてもらっており、実際に告発された事実はなかったことを確認しています。また、A さんの寄付活動には A さん以外の  RÉSISTIQUE  メンバーは関与していません。

つまり、mainichi_orikou さんは、 RÉSISTIQUE の A さんが「ガザの身元確認を合言葉を言って理解できなかったらAIと判断してた人」であると断定できるだけの証拠資料や証言を、当時持っていなかったのではないでしょうか。言い換えれば、当時、mainichi_orikou さんは自分の思い込みを真実だと信じるに足る客観的な理由はなかったのではないでしょうか。なかったのだとすると、これこそまさに、事実無根のデマと呼ぶべきものです

これは、名誉毀損罪の違法性阻却事由のうち「真実性」または「真実相当性」の証明ができないおそれがあるのではないかと筆者は考えます。要するに、訴訟が提起されれば mainichi_orikou さんが敗訴するおそれがあるのではと思われます。このような事実無根のデマによる名誉毀損は、社会正義の観点から決して認められないからです。

 

2.4.2 反響の中で、反差別運動が避けるべきだった無意識の偏見が、デマの拡散に一役買ったのでは?

デマはなぜ、これほど広範囲に、しかも深刻に拡散されてしまったのでしょうか?

mainichi_orikou さんの告発は、2.1 で言及したグループ DM の他のメンバーたちをはじめとして、周囲の人びとにあまりにもたやすく信じられてしまいました

要因は、現状ではあくまで推察の範囲にとどまりますが、いくつか考えられます

まず、前述のように mainichi_orikou さんが告発時、事前に個人 DM でやりとりしたメッセージを切り出して投稿していたことが、ひとつの要因かもしれません。切り出された内容自体は告発の信ぴょう性を高めるものではありませんが、少なくとも、個人 DM で否定されたことを知らない一般人にとっては、 mainichi_orikou さんが前もって RÉSISTIQUE の A さんに問い合わせて事実の裏付けを得たうえで公に告発したかのようにも見えなくはなかったからです。特にグループ DM で RÉSISTIQUE の A さんの発言を聞いてモヤモヤしていた他のメンバーは、mainichi_orikou さんが事前に問い合わせをしたうえで告発しているのを見て、疑念を確信へ変えてしまった可能性があります。

そしてそれ以上に、周囲の人びとが抱いていた無意識の偏見が、デマの拡散を助長した可能性があるのではないでしょうか?

詳しく説明します。

デマ拡散の直後、RÉSISTIQUE はそのふるまいをめぐり、さらにさまざまな観点から差別主義者の疑いをかけられました

疑われたふるまいのひとつは、 RÉSISTIQUE の A さんが、2.1 で言及した グループ DM  内に耳の聞こえない人が参加していたにもかかわらず(それを知らなかったか意識していなかったかは問わず)、ボイスメッセージをシェアしたことでした。

これについて、拡散に関わったグループ DM メンバーのひとりは、耳の聞こえない人への差別のあらわれではないかという印象をもっていたが、mainichi_orikou さんの告発をみて確信したことを、筆者に DM で示唆していました。

しかし実際には、RÉSISTIQUE の A さんは、2.1 で言及したように、書くことが話すことほど得意ではないという特性がありました。つまり、これをグループ内に明示していなかった A さんは、周囲から、テキストメッセージの長文を定型発達者と同じくらいたやすく書けるはずだという別の偏見をもたれていたのです。このような場合は、A さんを責めるのではなくて、耳が聞こえるとともに文章を書くのも差し障りない方が、耳の聞こえない方と A さんの橋渡しをしたほうが、ずっとインクルーシブでしょう。

疑われたふるまいはもうひとつあります。RÉSISTIQUE 公式 X アカウントの写真付き投稿について、ALT が入力されていない投稿や、本文とALTの言語が違っている投稿があるという指摘が出されたのでした。

多分あのアカウントだなと思って、やはりそうだったのだけど、ALTたまにしかついてなかったり、ついてても日本語の投稿に英文ALTだったり(ついてる中には日本語投稿・日本語ALTの投稿もあるのだけど)他にも色々違和感があって何となく避けてたけど、まさかそんなことしてたとは……。しんどいな……。
— ナナシマ (さん/xe) (@y_mary_mary) 2024年6月2日

ここには無意識の偏見があります。ひとつは、RÉSISTIQUE は(日本企業らしく)本文と ALT を日本語カスタマー向けに日本語で提供するべきだ、という見方。もうひとつは、RÉSISTIQUE は目が見える人びとなのだから ALT をつけることはたやすいという見方です。

実際には、RÉSISTIQUE は企業ではありませんし、法人化を予定してもいません。有志が確認した限りでは、さまざまな背景やルーツがある個人の集まりです。そして、その中には、日本語で ALT をつけることに困難がある特性や背景を抱えた方もいます。

具体的には、RÉSISTIQUE の A さんによると、当時、公式アカウントの投稿は、やむをえない事情で、極めて多忙な A さんに代わり、日本語の読み書きがある程度できる海外在住のアジア系メンバー B さん*6によって実行されたことがあったといいます。

RÉSISTIQUE は、日本語のお客様サービスのように日本語による双方向の対話が必要なポジションには日本語ネイティブを配置しているそうですが、X や Instagram の公式アカウントは一方向の発信を目的として使っていたため、多様なルーツのある方が管理することもあったといいます。そこで A さんは参考のため本文と ALT については日本語テンプレートを B さんに渡していたものの、当然、いつでもテンプレートどおりの投稿ができるとは限らなかったそうです。

だとすると、上の投稿は、目が見えない人に対する差別に反対していながら、同時に、多様なルーツをもつ存在を排除してしまうおそれはなかったでしょうか。実際、悲しいことに、上の投稿をきっかけに B さんは、日本語入力キーボードを所有デバイスから削除してしまったと A さんは話しています。

 

本節をまとめます。

デマがこれほど拡散したのは、mainichi_orikou さんの告発のうち一部がもっともらしくみえたからだけではなく、周囲の人びとにおける無意識の偏見が、RÉSISTIQUE は差別主義だとするレッテル貼りに一役買ってしまったからでもあるのではないでしょうか

そうだとすると、これは、悲しいことですが、日本語圏のパレスチナ解放運動の一部を含む反差別運動一般にとって、とても大切な教訓となるのではないでしょうか。自分の内なる無意識の偏見は、いかに差別に反対している人であろうとも、たやすく捨て去ることができるものではありません。これは、それがはっきりと表面化し、問題化したケースだといえるかもしれせん。

 

2.5 中結論 ―― デマの発信者のみならず、拡散に少しでも関わった人は全員、最低でも撤回と謝罪が必要ではないか

第 2 章冒頭から前節までを振り返っておきましょう。

2.1-2.2 を通じて、私たちは、発端とされた RÉSISTIQUE の A さんによるボイスメッセージだけを読解し、A さんの提案は「合言葉」にも「シボレス」にも当たらないことを明らかにし、ゆえにそれがデマの根源であるとはいえないことを確認しました。

続いて、2.3で、補足情報として RÉSISTIQUE からの聞き取りに基づき、支援対象が耳の聞こえない人だった場合の対応を検討し、記録から、相手を包摂する状況が確認されていたことを確かめ、実際の対応が排除的だとはいえないことを指摘しました。また、A さんの提案は、困難な状況でもなお支援対象に手を差し伸べようとした努力のあらわれであることを明らかにしました。

さらに、2.4 では、告発と反響に対する強い疑念を提示しました。

2.4.1 では、mainichi_orikou さんが RÉSISTIQUE の A さんと交わした個人 DM の要約をみながら、mainichi_orikou さんは告発直前に何度も明確な言葉で A さんから思い込みを否定されていたにもかかわらず、その思い込みを真実として X に投稿してしまったことを確認しました。mainichi_orikou さんがこの誤信を信じ込むに足る理由は、第三者有志が確認した範囲では見つからなかったため、まさに事実無根のデマであって、この告発の正当性そのものが疑わしいと指摘しました。

2.4.2 では、デマがこれほど拡散した要因として、 (1) mainichi_orikou さんが RÉSISTIQUE の A さんと交わした個人 DM から都合のよい切り貼りをしたために、周囲の人びとが mainichi_orikou さんは事前に確認したうえで裏付けのある事実を告発したかのように誤解した可能性があること、(2) 反差別を掲げる人びとが無意識の偏見に気づけずに  RÉSISTIQUE のふるまいを差別的であるとみなしたため、拡散を助長した可能性があること を挙げました。

 

以上、確認したとおり、 RÉSISTIQUE の A さんの提案は「合言葉」でも「シボレス」でもなかったのですから、 RÉSISTIQUE が「ガザの身元確認を合言葉を言って理解できなかったらAIと判断してた人」だというデマの根源は A さんのボイスメッセージそれ自体にあるとはいえません。

また mainichi_orikou さんは X でデマを発信する前に自分の思い込みを A さんから明確に否定されていたのですから、それでもデマを発信してしまった以上、A さんの発言以外に、具体的な記録などの証拠資料や別の内部関係者の証言でもなければならなかったでしょう。有志の調査によると、そのようなものがあるとは今のところ思えません。万が一あれば、ぜひご提供いただきたいところです。筆者としては、そのとき誤信を真実と信じるに足る客観的な根拠がなかったのなら、社会常識に照らし合わせると、被害者たちから損害賠償を請求されてもおかしくないのではないかと思えてなりません。

そしてデマに責任があるのは、デマを公に発信してしまった源の mainichi_orikou さんだけではありません。あらゆるリポストもいいねも、このデマの拡散に加担してしまいました。

ソーシャルメディアでは一人ひとりのアカウントがメディアのチャネルなのですから、情報を拡散するリポストやアルゴリズムによる表示優先度を上げるいいねの責任は、決して軽くはありません。

事実無根のデマのせいで誹謗中傷を浴び、体調不良者と脱退者が続出した RÉSISTIQUE  の名誉が回復されるには、デマの拡散に寄与してしまった全員が、自分の責任の重さに応じた撤回と謝罪を公にしていかなければならないのではないでしょうか

 

終章 最終結論に代えて ―― 反差別運動は無実の仲間のリンチを繰り返してはならず、対策は傾聴と慎重な事実確認だ

この報告書は、RÉSISTIQUE がいかに、実際には言っていないことややっていないことを、デマによって言ったことややったことにされたか、実際の発言その他の証拠記録とRÉSISTIQUE の聞き取りから明らかにしました。

そして、デマの発信者からの聞き取りはさまざまな事情で実現しなかったものの、少なくとも告発そのものが真実でなかったと分かっただけでなく当時としても不当であった疑いが強いことを、RÉSISTIQUE から提供されたデマ発信者とのやりとりの要約に基づいて指摘しました。

この報告書は以上のように一定の達成にもかかわらず限界をもつため、完全な最終結論へ到達することはできません。

終結論は今後、当事者間で必要となったら、司法の手に委ねられることになるでしょう。

この報告書は今のところその最終結論に代えて、2 つのことを提言します。

3.1 提言 1 ―― 私たちは今後、反差別運動の根本に由来する脆弱性を克服しなければならない

今回のパレスチナ解放運動の一部を含む反差別運動は、差別なき社会を希求しています。だからこそ、まずは運動自身をインクルーシブにするため内部から差別を排除しようと注意しています。*7その注意が続いているから、参加者は互いを信頼しあうのです。*8

しかしそのように反差別である限りにおいて相互の信頼が厚いからこそ、誰かが差別をおこなったとする告発があらわれたときに、真実かデマかを十分確かめる前に、いともたやすく信じて拡散するおそれがあるのではないでしょうか。

また、反差別運動に参加してある程度の時間が経つと、どんなに謙虚な人でも、自分はふだんから差別のことをよく学んでいると自負するようになるものです。だからこそ、自分に無意識の偏見がまだまだある可能性を十分考える前に、相手を間違った仕方でジャッジしてしまい、2.4.2 で指摘したように、それがかえってデマの拡散を助長してしまうおそれもあるのではないでしょうか。

だとすると、これは反差別運動の内奥に埋め込まれた、反差別運動独特のセキュリティリスクではないかと筆者には思われます。*9

私たちは今後、この脆弱性を克服しなければなりません。

そのためには、仲間の言動について十分な根拠なく即断して強く批判する前に傾聴したりやさしく声を掛けたりしながらよく考えること、そしてセンセーショナルな非難が飛び出したときには念のため事実を確認することが、大切ではないでしょうか。

 

3.2 提言 2 ―― 私たちはすでに起きているリンチに抵抗しなければならない

最後に、読者のみなさんは、この報告書の内容を読んである程度ご納得いただけたならば、どうか今回被害に遭った RÉSISTIQUE への支持を、何らかの形で公に表明または表現してください。もっともそれは、デマを発信し拡散した人びとを攻撃してくださいという意味では決してありません(それはおやめください)。

 

筆者が他の有志と緊密に協力してこの報告書をまとめあげるのは、並大抵の苦労ではありませんでした。

何しろこれは、33.2万回の表示、229回のリポスト、833のいいね、561のブックマークという大きな反響を呼んだデマです。

文書を準備していることを X で明らかにした段階で、筆者は主にデマ発信者の支持者からさまざまな攻撃を浴び、これほどの憎悪と無関心にさらされるのかと驚きました。検証文書によってパレスチナへの連帯を解体するつもりなのかと、問い質す人までありました。ちょうど、暴力や差別を告発しようとしたら、個人、組織、業界のために黙っていろといわれるときのように。筆者を含む有志はそのたびに、黙ることはできない、あなたも自分の意志で解決に向けて行動してほしいと訴えてきましたが、実際に行動してくれた人はごく少数でした。

事実確認のために行動した第三者有志ですらこうだったのですから、被害者である RÉSISTIQUE のみなさんにとっては、なおのこと厳しかったでしょう。とりわけ RÉSISTIQUE の現時点での代表者の心身状態は深刻化しており、「7 月からは睡眠障害が悪化し、数日間の不眠状態に何度か陥り、食事回数も減少し、希死念慮を周囲にもらしています」と公式アカウントが 7 月 20 日に発表しています。何しろ「令和の 15 円 50 銭」と呼ばれ、デモの場でも捨てられているのではと冷笑されたのです。本当に悲しいことです。

それでも RÉSISTIQUE の別のメンバー C さんは、最近も、アイテムを身に着けているパレスチナ連帯アクション参加者がデマのせいで周囲から傷つけられることがないよう、自ら RÉSISTIQUE  のアイテムをたくさん着けて参加するなどしていたそうです。きっと自分こそがデマのせいでこの世から消えてしまいたいと思うほどに傷つけられたでしょうに、それでもなお自分よりアイテムを使っている人のことを思いやるなんて、本当に優しい人だと筆者は思いました。

被害に遭った人たちがここまでしなければいけないなんて、おかしいではありませんか。

私たちが、この空気を変えるべきでしょう。どうか、すでに起きてしまった無実の仲間に対するリンチに抵抗するという意志の表現を、日本語圏のパレスチナ解放運動の中に満たしてください

私たちが今、この意志を共有することは、これからに向けてとても重要です。すべては、虐げられた人びとへの連帯のために

 

以上

 

謝辞

有志のうち春日そらさんは、資料や証言の収集や整理から、関係者との調整、聞き取り、働きかけ、ひいては被害者の命を守る行動に至るまで、あらゆる場面で力を尽くされました。ここに大きな敬意を表します。この報告書の中にあるよい部分はすべて春日そらさんに由来するものであり、また悪い部分があるとすれば、それはすべて筆者原口に責任があります。

 

*1:ジュエリーブランドというと、多くの読者にはいかにもラグジュアリーな商品を扱う組織化された企業や法人であるかのように受け取られそうですが、当事者の説明によると、RÉSISTIQUE は、「これまで反差別のメッセージを販売促進に使っておきながらパレスチナ解放とは一言もいわないジュエリー業界に反旗を翻し、本業とは別に活動しているさまざまな背景やルーツをもつ個人の集合体」であるとのことです。つまり企業ではなく、法人化の予定はないそうです。またRÉSISTIQUE によると、アイテムは 23 年 12 月から 24 年 6 月までに 500 点ほどを無料で配布しており、販売分も利益を出さない価格設定で赤字状態にて活動を続けていたといいますから、明らかに営利目的の組織ではありません。

*2:A さんによると、支援対象の身元確認が重要である理由は、詐欺に遭ったら貴重なお金が必要な人に渡らないからだけではなく、寄付活動が継続不可能になるリスクが少なくとも二つ生じるからでもあるそうです。

第一のリスクは、口座凍結のおそれです。現在、一部の寄付呼びかけ人は、SNS で自分の口座情報を公開し、そこへ寄付金を振り込むよう不特定多数の人に呼びかけては、集めたお金を支援対象によって指定された海外の口座へ送っています。ここで仮に、支援対象だと思っていた相手が、実は国際的な特殊詐欺グループの一員だったとしましょう。しかも、同グループの別の人が、特殊詐欺の被害者に、お金を、この寄付呼びかけ人の口座に振り込むよう指示していたとしましょう。このような場合、寄付呼びかけ人の口座が特殊詐欺のマネーロンダリングに使われているなどと警察に判断されるおそれがあり、最悪、寄付呼びかけ人が被害者の一人であるにもかかわらずその口座が凍結されてしまう可能性もあります。

第二のリスクは、寄付呼びかけ人が生計を立てている仕事が継続できなくなるリスクです。パレスチナ関連の詐欺犯の中にはイスラエル兵などもいるため、口座関係の個人情報が渡ってしまうと、支援者がどんな業界やポジションで働いているかによっては仕事に影響するおそれがあります。

*3:A さんによると、実際にお互いの情報を交換したうえで最後にこのように発言したときに実際に受けた反応は、驚き、喜び、強い感動や感謝などの表現がほとんどだったといいます。

*4:なお、世界人口に占める耳が聞こえない・聞こえづらい人の割合はおよそ 20 人に 1 人です。

*5:これは同じアカウントへのログイン権をもつ他のメンバーのデバイスでも表示されたといいます。

*6:B さんは A さん同様に RÉSISTIQUE  のため私財を投じており、主要メンバーのひとりといって差し支えありません。

*7:例えば、あるパレスチナ連帯デモは、デモ参加者が点字ブロックのうえに立ち止まって目が見えない・見えづらい人の通行を妨げていると批判されたため、すぐにこれを防止するルールをつくり、見回って声をかける係の人を配置するようになりました。

*8:別のパレスチナ連帯アクションでは、明文化したグラウンドルールが共有されているおかげで、参加者がより信頼と安心をもって参加できるようになったといいます。

*9:このことは真逆の立場を考えればいっそうはっきりするでしょう。差別主義者は反差別という正義ではなく何らかの利益によって結びついているので、反差別運動にみられるような正義に反するデマによる分断は起きにくいのではないでしょうか。例えば、上の立場の者によって分配されるはずの利益が相応に分配されずにいる場合などなどに、差別主義者は造反や仲間割れを始めることが多いように筆者にはみえます。